津島様 津島信仰といわれ、愛知県津島市にある津島神社を中心とした東海地方に「津島代参講」と呼ばれる講として各地に広がった神道の信仰のことです。 疫病や厄除けの神様として親しまれ、「津島牛頭天王社」[つしまごずてんのうしゃ]「天王さま」[てんのうさま]とも呼ばれる津島神社は、戦国時代に津島に隣接する勝幡城の出身である織田信長が、氏神と仰いで造営その他に協力し、秀吉を始め豊臣一門は信長に引き続き、楼門や南門を寄進したことから、東海地方に広まったとされています。 牛頭天王という神様は、多くの神社で祀られていましたが、明治の初めの神仏分離令によって祀る神社はスサノオノミコト(素戔嗚尊)に祭神の名前を変えました。牛頭天王はもともと、疫病や厄災を広げ行疫神[ぎょうやくじん]という性格を持っていると陰陽道や民間の説話に由来して考えられていました。 しかし、厚く信仰をすることで、逆に厄災を除いてくれる神様として祀られるようになります。 神仏ネット:牛頭天王とは
夏越の祓 「夏越の祓」とは、6月末に行う祓[はらえ]の行事です。神社の境内につくられた茅の輪をくぐって罪や穢れを落とすため、「茅の輪くぐり」とも呼ばれています。日々生活していると、さまざまな罪や穢れが生じると考えられてきました。そこで、茅の輪や形代[かたしろ]などで罪や穢れを祓う大祓[おおはらえ]を行うようになりました。6月末に行われるものが「夏越大祓」で、12月末に行うものを「年越大祓」といいます。 All About:夏越の祓 《なぜ茅の輪をくぐるのでしょうか?》 『昔、旅の途中で宿が見付からず困っている神様がいました。神様は、蘇民将来[そみんしょうらい]、巨旦将来[こたんしょうらい]という兄弟に宿を貸してほしいと頼んだそうです。 しかし弟の巨旦将来は、裕福な暮らしをしていたのに断ってしまいました。兄の蘇民将来は貧しい暮らしをしていましたが、神様に宿を貸してもてなしたそうです。神様はお礼に「もしも疫病が流行した時は、茅の輪を腰に付ければ逃れられるでしょう」とお教えになりました。すると数年後、その地域で疫病が流行したにも関わらず、茅の輪を腰に付けた蘇民将来の家族だけは助かったそうです。後に、その神様は「スサノオノミコト」と分かりました。』(備前国風土記、蘇民将来説話)「茅の輪くぐり」は「8の字」を描くように茅の輪を3回くぐりながら「水無月[みなづき]の夏越[なごし]の祓[はらえ]する人は千歳[ちとせ]の命延[いのちのぶ]というなり」と唱えるものと伝えられています。 青木神社:大祓とは?米ネット:夏越の祓
牛頭天王はもともと、疫病や厄災を広げ行疫神[ぎょうやくじん]という性格を持っていると陰陽道や民間の説話に由来して考えられていました。
しかし、厚く信仰をすることで、逆に厄災を除いてくれる神様として祀られるようになります。
「茅の輪くぐり」は「8の字」を描くように茅の輪を3回くぐりながら「水無月[みなづき]の夏越[なごし]の祓[はらえ]する人は千歳[ちとせ]の命延[いのちのぶ]というなり」と唱えるものと伝えられています。